中学時代,あの女の子は何であんなに僕のことを嫌っていたんだろうね。あからさまに,毛嫌いされていたね。一度,何で僕のことを嫌うのか聞いたけど,答えてはくれなかった。あれから,卒業までの1年半は,かなり辛い時期だったね。
担任の先生に相談したけど,無視されたんだよね。解決策の方法も教えてくれなかったよね。
今だと,いじめっていうのかな。今でも,中学時代の卒業文集を読むと,泣けてくるよ。乾燥しきった自分が無意味な言葉を発している。なんで,あんなに内側を向いていられたんだろう。先生も親も誰も気づいてくれなかったよ。
高校時代,大して頭の出来が良くなかった僕は,詰め込み教育に反発しながらも,何とか付いていこうとしてもがいていたね。入学したときの実力テストで,300人中290番だったよね。中学時代のあの担任が,妹に,おまえの兄貴は,あの高校では授業について行けないだろうと言ったって,後から聞いて愕然としたよ。完全な敗北だった。あの担任は僕のことなんか全く心配していなかったんだ。教師は,生徒の気持ちを分かろうとしないんじゃあなくて,傷つける凶器なんだって,近づく方が間違っているんだって,自分のことは自分で守るしかないんだって。僕は,間違っても教師にはならないってこのとき誓ったんだ。
そんな僕も,入れる大学があったんだ。そこで損得無しの友達が出来たよね。一緒に遊んだり,悩みを聞いて貰ったり,かなり楽しい時期だった。今思えば,怠惰な生活だったかも知れないけれど,遅れてやってきた思春期だったね。まあ,教育学部の友人もいたけどね。
自転車に乗って,みんなで伊豆半島を廻ったり,一人で九州を廻ったりしたね。一人の寂しさと楽しさをはじめて知ったのは,あのときだったんだろうね。一人でも寂しくないのは,幸せなバックボーンがあるからなんだって知ったよ。
社会人になってすぐ,母が死んだんだ。妹も社会人になっていたから,子育てが終わってこれから自分たちのために過ごせるというときに,あっけなく逝ってしまったね。僕は,このことをきっかけに何となくタバコをやめたんだ。早いもので,あれから15年か。
母さん,あなたのおかげで,僕は,人生に失敗しないで済んだんだよ。僕が自分で選んだ相手との結婚式を挙げた数日後,隠しごとをしていると騒ぎ立てられ,僕は婿先の家を追い出された。入婿だったんだよね。結婚を仲介した人から職場に電話があって,「今日,あの家には帰らないこと。至急,自分の荷物を持ち帰ること。」って,それだけの言葉ですべては終わったんだよね。そういえば,あの連絡が来たのはこんな寒い時期だったね。挙式後1ヶ月で全てが終わって,しかも,隠しごとをしていると言い立てて,数百万の金をむしり取っていったんだ。僕は,一生あの家族を忘れないよ。君も忘れられないだろ。
あの家にいたら今頃どうなっていたかと考えるだけで恐ろしくなるよね。結婚についていろんな事を一方的に進めてしまった家族。僕が一番よく知っているはずなのに,僕には何も確認しないで,勝手に思いこんでしまった家族。あのときの僕は,何も分かっていなかったんだね。いまなら,分かるよ。僕は,あの家族にとって都合の良い人形だったんだって。人形が汚れていることが分かって放り出されたのさ。
でも,ぼくがあの結婚を決める前に死んでしまった母が,僕をそんな家族から助け出してくれたんだと思うんだよ。あの究極の時期に,隠し事があるって騒ぎたてられることになったのは,偶然じゃあないと思うんだ。今でも,自信を持って言えるんだけど,決して隠していたんじゃあない。僕自身がよく知らなかったんだ。教えて貰ってなかったし,調べていなかった。
あの家から放り出された後,社内でも,汚いものを見るような目で見られることになっちゃったけどね。
ぼくは,今でも母のおかげで助かったと思っている。僕の年で母子感染なんてあり得ないって簡単に言う人もいるけど一生付き合っていくものだから,心地よくあきらめているよ。母が僕に残してくれた分身として,暖かさを感じながらね。
僕は,自分の人生を人に委ねたりしないんだ。「誰かのせいで自分の人生が狂った!返してくれ」なんて言えないんだよ。人のせいにしても何も解決しないじゃあないか。それに,誰のせいだとも思ってないしね。
父も年を取ったよな。色々と反発したけれど,いまでは,すべてを許せる気がするよ。家族のことより自分のことを優先していた父。母に苦労を掛けたことを分かっていない父。子供に平気で嘘をついていた父。余命半年と宣告されてから4年も生きている父。たぶんこれからも生き続ける父。相当長生きしそうな父。
今なら,いずれ,自分が行く道だと思えるよ。これまでのわだかまりが無くなれば,親孝行も出来るさ。
ああ,君は,僕が不幸だと思うかい。とんでもないよ。僕は,幸せなんだよ。
あんな,1秒のうちに人生が180度ひっくり返るような事件の後,半年足らずで,いまの妻と偶然知り合い,幸か不幸か僕に良く似た長女と,妻に似てマイペースな次女が生まれた。自分の生まれ育った場所に家を建て,子供の頃から僕のことを知っている人たちに囲まれて,そして家族に囲まれて,忙しくすぎていく日常が,本当に好きなんだ。
君なら,分かってくれるって思うんだ。あのとき,僕が人生を投げようとしたとき,君は僕を引き留めてくれた。声高にストップを掛けてくれた。君が僕を止めてくれなければ,・・・・。
君が僕を引き留めてくれたのは,こんな幸せな生活が待っていることを知っていたからなんじゃあないのかい。
本当にありがとう。
そろそろ,明るくなってきたね。
もう,戻らなきゃあ。
家族が待っている,あの家に帰るんだ。
今度会うときは,君の話も聞かせてくれよ。
そして,通り過ぎていった人たちに幸あれ。
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